2006年06月12日

排泄するな

嫌煙者の言う禁煙社会をちょっとイメージして見る

休日バージョン:

一服すんだらお出かけです まずは駅に向かいましょう
5分でしょうか? 10分でしょうか? 駅から電車に乗りましょう
30分? 1時間? 街に着きました 目的の買い物を済ませますか
え?そろそろタバコが吸いたくなってきた?
いえいえ、駅も商業施設も禁煙です 喫煙所?ありませんよそんなもの
家を出てから数時間は過ぎたでしょうか?そろそろお昼です
レストランでも行きますか え?タバコ? 飲食店は禁煙です
我慢できませんか?でもダメです、吸っていいのは自宅だけ
食事が済んだら街でも歩きながらウィンドウショッピングでもしてみます
日も傾いて家を出てからもう半日は経ったでしょうか
え?我慢の限界?ダメダメ路上 は禁煙です
喫煙所?ありませんよそんなもの
来た時と同じ時間同じ距離を経て帰路に着きます 最寄の駅に到着
ほらあと少しがんばって、やっと家に着きました はぁ・・・至福の一服
今日は楽しかったねぇ?・・・うらぁ!(^;ノ・_・)ノ┻┻。・:;:゚


さて、タバコを例えて排泄排泄と騒ぐ人が居る
折りしもつい先日もそういうコメントをいただいたが
とあるブログでもずっと大便大便と騒いでいる人が居る
他に例えようがないのかね?

まぁ、この方は分煙論者なようなので
どこの駅にもトイレがあるように、中長距離列車にはトイレがあるように
どんな施設にもトイレがあるように、屋外には公衆便所があるように
そういう風に分煙を推進してくれるならそれならそれで良いと思うんですけどね
そういう話なら賛同したいなぁと思ったけど おかしな事言われたし
大便臭そうなので、賛同しない事にしておきます

で、排泄じゃない「摂取」してんだよ、明らかにw
わざわざ正反対に言い直すまでもない

確かに街中で電車の中で食べ歩き、においを撒き散らすのはちょっと行儀が悪い
電車の中にフレンチフライの匂いが充満してると眉をひそめることもある
隣でわたしの嫌いなキムチ食ってる奴がぷんぷん饐えた匂いを漂わせていても
躯が摂取を要求しているものを止めさせる事はできない

どんなにそれがイヤだなぁって思ってもそれを排泄とは呼ばないなぁ
あなたが嫌いでそう例えると都合が良いからそう考えるだけでしょう?

そのブログが言うには我慢できないからってその辺で大便するのかよって
そのへんでしないのは、下半身を晒すのが 「恥ずかしいからでは?」
だから、夜の歓楽街の裏路地なんかではおっさん立ちショ○しちゃってますし
ハイキングで我慢できなくて茂みで野グ○しちゃってるおばはんとか いるでしょ

我慢強いからしないのではなく、恥ずかしいからしないんでしょ


では、撤廃論者の「排泄バージョン」をどうぞ:

「トイレ」がすんだらお出かけです まずは駅に向かいましょう
5分でしょうか? 10分でしょうか? 駅から電車に乗りましょう
30分? 1時間? 街に着きました 目的の買い物を済ませますか
え?「ちょっとおしっこ」したくなってきた?
いえいえ、駅も商業施設も「禁排泄」です 「トイレ」?ありませんよそんなもの
家を出てから数時間は過ぎたでしょうか?そろそろお昼です
レストランでも行きますか え?「トイレ」? 飲食店は「禁排泄」です
我慢できませんか?でもダメです、「出して」いいのは自宅だけ
食事が済んだら街でも歩きながらウィンドウショッピングでもしてみます
日も傾いて家を出てからもう半日は経ったでしょうか
え?我慢の限界?ダメダメ路上 は「禁排泄」です
「公衆便所」?ありませんよそんなもの
来た時と同じ時間同じ距離を経て帰路に着きます 最寄の駅に到着
ほらあと少しがんばって、やっと家に着きました はぁ・・・至福の「一時」
今日は楽しかったねぇ?・・・うらぁ!(^;ノ・_・)ノ┻┻。・:;:゚

おかしな事を言うな (ranking)
posted by SadMan at 21:56 | Comment(44) | TrackBack(0) | おかしな事を言うな
この記事へのコメント
ニコチンの摂取ですよね。
でも、その口からモワ〜と大量にはき出されている煙は?

嫌煙家は、皆言います。
吸ってもいい。だから煙を吐き出すなと。

その大量に煙を吐き出す行為を
排泄になぞらえているのだと思いますよ。

喫煙者にとっては
自分がニコチンを摂取することだけをイメージするかもしれませんが、

外側から見ると、大量の煙の排出なのです。

Posted by 九龍 at 2006年06月13日 00:56
餃子を食べてもいいが、息をするなと?w

なんかさ、嫌煙者の話って余分な修飾子が付くんだよね

「大量の」煙とか「大きな」音とか

火事場の息も出来ないほどの「大量の」煙とか
飛行場の耳を劈くような「大きな」音とか

ならわかるけど

じゃぁ、焼肉屋の換気扇から「大量の」煙が出てるかい?
量販店の店頭で「大きな」騒音が鳴ってるかい?

っていうのが感想

もちろん人によって感じ方は違うけど
殊更に、大量だの騒音だのに擬えるのは

違 う と 思 う

まず、「印象操作」を止めましょうや?と言いたい
[ Posted by SadMan at 2006年06月13日 01:10 ]
にんにく料理だって朝っぱらから食べる人は
そうはいませんよね?

ニンニク料理が食べられるのはだいたい夕食じゃありませんか?
それはニンニクの臭いを吐きながら人と話をするのが
エチケットに反するからではないですか?

ニンニクでさえ、エチケットがあって、
専ら夕食(あとは寝るだけ)に食べられるのに、
タバコはニオイどころか有毒物質までまき散らすのに
四六時中吸いたいですか?
Posted by 九龍 at 2006年06月13日 14:59
あなたはすぐに論点を摩り替えるな?

この記事は臭いに関するマナーを排泄というメタファで論じられるか?
という話だ
[ Posted by SadMan at 2006年06月13日 16:17 ]
真っ先に論点を摩り替えたのはあなたでは?
>餃子を食べてもいいが、息をするなと?w
Posted by 九龍 at 2006年06月13日 18:18
摩り替えていない

あなたが吐いた煙はどうなのだ?というのに対して
餃子やキムチなどの香りの強い食品の呼気も含めて
それは食すと言う行為のうちであろうと指摘したまで

そこで摂取か排泄かと言う議論を離れて
エチケットに論点をずらしたのだろう?

意見の相違以上に会話の運びが独り善がりなんだよね

あぁまぁ、余分な修飾子の話は本筋ではないが
別の話が紛れただけで本論の会話をずらしたわけではないよ
[ Posted by SadMan at 2006年06月13日 18:30 ]
すみません。過日の「通りすがり」です(^_^;;
私はタバコの煙が苦手(扁桃腺が弱いのです)かつ非常に嫌いなので、「排泄」という言葉がしっくりきまして、使用しています。
すでに言い尽くされた表現なのですね。

しかし「排泄」という言葉はイメージ戦略というより(それだけ反発なさっているという状況からも)、Sadmanさんのような喫煙者により正確なイメージを伝えることができる言葉だと思います。
そのくらい憎たらしいということも含めて。

私は居酒屋さすがに無理でも、せめてレストラン(食事処)ぐらいは「標準」を禁煙にしてほしいと考えています。単純に煙がただよってくると味がわからないからです。
酔っ払えば……味はわからなくなってきますし、また私は酒好きなんで肝臓ガンになるから明日やめろと言われてもやめられませんし(それだけにワタミには期待したのですが)、居酒屋は諦めています。

香りに関しても、やはり気になりますよ。
隣で柑橘類を食べられたり、キムチやにんにくを食べられても、味はわからなくなります。同じ食べ物ですから、文句はいいませんが。
ニコチンの摂取を食物の摂取と同列にするのはどうかと……正露丸と同列に論じていただいたほうが、まだしっくりきます。同じ薬物ですし(笑
食事中に隣で正露丸を開けられて、不快に感じるか否か。まったく気になりませんか。
その何倍もの不快感を嫌煙者は(感情的なものも含めて)受けているわけです。

加えて、事情があって服用する良薬ではなく、本人の快楽のための毒薬ですね。そこに周囲へ不快を与える煙の「排泄」行為が付随する。
これはマナーの問題で、すなわち「人としてどうよ?」って問題じゃありませんか?
さて……そんなにおかしなことを言ってますかね。
Posted by KENSEI at 2006年06月13日 22:52
タバコを生理現象と同一視する超越理論には感心します。

排泄を我慢すると病気になりますが、タバコを吸わなければ健康になります。

この点もコメントしてほしかった。
Posted by FT-620B at 2006年06月13日 23:08
>KENSEIさん
分煙化が進むのはわたしも賛成です
ですが、色々な意見を総合して行くと記事のストーリのようになりますので
どこにも吸えるところがない世界は困ります
香り云々は好みや主観によって捉え方は違うと思いますけど
ワタミの話は別の記事で取り上げました

>タバコを生理現象と同一視する超越理論には感心します。
まぁ、それをしてるのが嫌煙者なわけですけど
わたしも感心します

他にも突っ込みどころはありますが
それはまた記事にしますww
[ Posted by SadMan at 2006年06月13日 23:18 ]
こんにちは。

いろいろコメントを楽しく読ませて頂きました。
やはり、生活に根付いているものとしての認識がお互いに違うので罵りあいになってしまうのでしょうか。

喫煙者側からすると、好き嫌いでそこまで毛嫌いすることはないだろう。
生活動作の一部であるからそれほど嗜好を貪っているわけではないので、喫煙する場所が無いのは困る。日常生活に支障が出る。

喫煙しない人からすると、とにかく臭い。
おまけに健康にも悪いらしいから、人前で吸うのは言語道断。
個人の快楽のために、なぜこちらがやせ我慢をせざる得ないのだ。

概ねこんな感じでしょうか。
間違っていたらごめんなさいm(_ _)m

Sandmanさんの言いたいことは、「排泄行為とはとても失礼ではないか」ということですよね。
喫煙行為で迷惑を掛けている人もいれば、そうでない人もいる。
それなのに、「全ての喫煙行為」を排泄行為と同列に語られるのはどうでしょうか。

個人的にひとつだけ言えることは、嗅覚の感じ方の違いが両者で大きく異なっているからではないでしょうか。
喫煙時代に感じた煙草臭も、吸わない今となっては10倍以上の臭いがします。その他の臭いの感じ方もそうです。
喫煙していると嗅覚の機能が数段低下していることは間違いないと思います。

その結果による、相違もあるんじゃないですかね。

長文失礼しました。
横槍すいませんm(_ _)m
Posted by takeG at 2006年06月14日 12:18
食べることと喫煙(煙草を吸う)ことは「摂取」と呼んでも、マァ差し支えないと思います。
しかし煙を吐くことは、限りなく「排泄」近い…かなぁ?
吸った煙の残りカスと思えなくもないかと。
どーせ食事(生理現象)に喩えるなら、ゲップとかですかね?(これはマナーの問題かと思います)

>>takeGさんへ
>それなのに、「全ての喫煙行為」を排泄行為と同列に語られるのはどうでしょうか

元々嫌煙者が喫煙(による煙を吐く行為)を排泄行為にたとえてるけど、それはどうかって話だったと思いますが。
Posted by Sophie at 2006年06月14日 14:18
喫煙行為全てをを例える例としては不適切だと思いますが、捨てられた吸殻に対してなら納得します。個人の感情にしか過ぎませんが、吸殻のポイ捨てや歩行喫煙は非常に不快なので。
それと、見ていると明らかに「摂取」より「排泄」の時間が長くありませんか?タバコ1本を吸い終わるまでいったい何回口にしてるのか。口にタバコを咥えたままで吸ったり吐いたりしている人って見かけません。
JR東日本も新幹線が全面禁煙になるそうです。禁煙のデッキでまで吸っていた人がいるようではさもありなん、です。せっかくの分煙なのにこうやって率先して自分の首を絞めてどうするんでしょう。
Posted by sandora at 2006年06月14日 16:52
はじめまして。

> え?我慢の限界?ダメダメ路上 は禁煙です

なぜ、喫煙者はタバコを吸わない事に「我慢」が必要なのでしょうか?
「吸ってはならない場所で吸わない」というのは我慢が必要な事なのですか??

大便は生理現象ですから我慢が必要ですよね。禁止されてなくともすべきでない場所ではしませんね。
Posted by Miyamon at 2006年06月14日 17:55
我慢?必要ですよ 依存性が多少なりともありますもん

甘いもんが無性に食べたくなるのと同じです
甘いもん自体には依存性はないんですけどねw
これ、そのうち記事にします

記事はいろいろ書き溜めてるのですが
一度に挙げまくるわけにもいきませんしねぇ

>禁止されてなくともすべきでない場所ではしませんね。
ん、論旨が読めてないのかしら
だから煙草なくせって言ってるようにどこにもトイレ無かったら
困るじゃんね?と言う話で
しかるべき場所で吸いましょうというのは賛成

で?屋外禁煙で屋内禁煙でしかるべき場所って?
[ Posted by SadMan at 2006年06月14日 18:06 ]
甘いものにも依存性はありますよ。

でも、「依存性がある」ということを自覚しながら摂取し続けるというのは、一種の病気と認められていますが、それはご存知ですか?
Posted by Miyamon at 2006年06月14日 18:37
すみません、SadManさんのコメントの後半見逃していました。

>だから煙草なくせって言ってるようにどこにもトイレ無かったら困るじゃんね?と言う話で

トイレがなければ困ります。それは我慢すると病気になるからです。けっして、トイレというものに依存性があるからではありませんね。

喫煙所はなくても困りません。それが我慢と感じる事自体が病気なのですから。

つまり、同じ困るでも意味が違いますね。

>しかるべき場所で吸いましょうというのは賛成

もちろん、病気である状態を望むのは自由だと思いますが、病気でない人が病気の人の病気を助長するように、分煙室を公衆便所のように作るのには反対です。

でも、既に喫煙という物があるわけですから、将来の完全禁煙化を目指して移行措置として、現段階として分煙を推進するのは賛成です。
Posted by Miyamon at 2006年06月14日 19:08
>甘いものにも依存性はありますよ。
へぇ良くご存知で、でも薬理上ないという事にしてもらわないと;;;

----------------------
もちろん、病気である状態を望むのは自由だと思いますが、病気でない人が病気の人の病気を助長するように、分煙室を公衆便所のように作るのには反対です。

でも、既に喫煙という物があるわけですから、将来の完全禁煙化を目指して移行措置として、現段階として分煙を推進するのは賛成です。
------------------------

そんな話は承服できぬ
依存性があるから病気だと言うなら
酒もコーヒーも全部排除しなければならないな
病気だと感じるのは勝手だが全然「もちろん」ではない

迷惑だと言うのだから分煙が進んだ、それで良いではないか

多かれ少なかれ依存性のあるものは存在する
その中で酒煙草コーヒーが生き残っているのは
それほど問題にならないからだ

排泄と揶揄するのと同じで
単に嫌いなものを虐げているだけである
嫌煙者はついでの利益やら怨嗟の報復まで
ついでにせしめようとするからイヤだ

まぁ、世の中が「自然に」完全禁煙を求めるなら
それは従うんじゃないかな?誰もが
[ Posted by SadMan at 2006年06月14日 21:51 ]
>依存性があるから病気だと言うなら酒もコーヒーも全部排除しなければならないな

これは言ってる事が若干違いますね。
依存性があると知りつつ摂取を続ける、という状態が病気の一種だと言っているのです。

「依存性がある物を摂取する」=「病気」
とは言っていませんよね。

コーヒーも酒もやめる事に我慢をしなければならない状態だったら病気ですよね。

それは「依存症」という病気の定義ですから。

アルコールに依存してる人は、やはりそれを直すために病院に行く人も多いですしね。もちろん行かない人もいます。

タバコ依存症の方が病院に行かずに依存症を続けるのも自由です。

これらのことは公共の福祉に反しない限り自由でしょうね。

>多かれ少なかれ依存性のあるものは存在する

依存性のある物は世の中にたくさんあります。
挙げたらきりがありません。
でも、依存症になりやすさの程度が「酒・タバコ・コーヒー」の中で最も高いのはタバコですよね。これは統計を見るまでもなく明らかな気がします。

国が「タバコをやめられない人」が「依存症である」という事を最近まで認めなかった事が問題だと思っています。

でも、それが認められたという事は、世の中は完全禁煙の方向へ動いていくでしょうね。

私としてはそのスピードが早い事を望むばかりです。
Posted by Miyamon at 2006年06月15日 00:57
どうもはじめまして。
 煙草を吸う自由がどんどん狭くなっている、非難する人々の攻撃性が恐ろしいと感じているひとりです。煙草は象徴的だと思いますが、そのうちどんな自由も刈り取られてしまうのでは、ちょっとした失敗なども許されない世の中になっていくのではと想像しています。悪循環と厳罰主義。

>嫌煙者はついでの利益やら怨嗟の報復まで
ついでにせしめようとするからイヤだ

共感します。吸わない母も意見に共感しています。難しいですが、わたしも時々煙草について書いています。言論、頑張ってください。
Posted by ぺんぺん草 at 2006年06月15日 22:30
少々思うところを書き込ませていただきます。

私には喫煙者の友人がおりますので、その友人と外食すると局面局面で結局どちらかが我慢することになります。(食事は私優先・飲み会や喫茶は友人優先。)
もちろん友人は遠慮して最低限しか吸わないわけですが……これが上司や同僚だと、相手にあわせることになります。
まさかまったく別の次元で、吸う人間、吸わない人間が暮らしていくことはできませんからね。

そんな中でずっと考えていたのは……
例えば「ぐるなび」で検索するとき、なぜ「禁煙席あり」で検索しなければならないのか、ということです。
ここは「喫煙席あり」というオプションがつくべきなのではないかと。
煙草は文字通り「嗜好」品であって、なぜ嗜好を余計に持っている人間が標準なのだろうかと。
一方的に損をしている気がしているのです。

私は完全禁煙は望んでいません。例えば歩行禁煙は望みますが、路上禁煙は……そこまでの必要性を感じません。携帯灰皿は常備してほしいですが。
飲み会の最中喫煙者に、長時間喫煙なしで過ごせというのも酷でしょう。だから食事中は我慢してもらっていますが、会話を楽しむのにずっと我慢を強いるわけにはいきませんので、飲み会のときは私が我慢しています。

吸わない我慢と、煙を耐える我慢と、どっちもどっちとおっしゃるかもしれません。が、だからこそマナーを求めずにいられないのです。
なぜなら「席を外して吸う」ことは選択できても、「席を外して吸わない」ことは選択できないからです。煙や匂いは空間に満ちます。(即効性の空気清浄機でも発明されれば別ですが。)

これをマナー以外で求めることを、できればしたくない。
ルール=法制化でやらざるを得ないとすれば、日本人に相手を思いやる気持ちが薄れていることの表れですからね。

SadManさんは喫煙を愛していると拝察しますので、そういった愛煙家となんとか共存できる方法はないだろうかと。
ついでに煙いのを我慢するのもなんとかならんだろうかと。
一番は喫煙者にGood Loserになっていただくことなんですが(^_^;;
そんな都合のよいことをいつも考えております。
Posted by KENSEI at 2006年06月15日 22:33
記事をまたぐかもしれないけどMiyamonさんのコメントにレスしま

まず病気という事について、病的な場合もあるかも知れませんが
病気と言えるかどうかは意見の分かれるところかと思います
ゆえに、病気であるからだめという理路には合意がないと思います

これが、手が震える目が翳むなどの活動に支障があるほどの症状なら病気です
煙草でもお酒でもそして珈琲でも(少ないけど)そういう人は居ます

一番疑問に思うのは、「我慢できないようならばダメである」
というのは、実は二択のどちらを選んでも吸えないというギミックです
何故そうなるかと言えば、そうなるように定義したからですよね

煙草の依存性と依存症についてはまた記事にしたいと思いますが
まず依存症があるだけでは病気とは言えないと言いました
なぜならば、誰もが何かしらの依存症を持っているからです

依存症には薬理的な依存症と精神的な依存症があります
煙草は主に薬理ですが精神的な依存の部分もあります

精神的な依存と言うのは、分かりやすい例で言えば
お金を持ってるのに万引きを繰り返す人等ですね
精神的依存が病的レベルになっている人は煙草どころではなく深刻です

煙草は、効果も離脱症状も出るのが早いんです だから短時間に吸いたくなります
なので、依存性が強いと見えるだろうしそれは仕方ないかもと思います
ですが、「吸いたくなる」以外に特に困った症状も出ないんですよ 早いから

なので、ある程度の時間ならば我慢も利きますし
時折吸ってさえ居ればそれ以上に困った事にはならないわけです

酒煙草珈琲では煙草の依存性が顕著だという事ですが その通りです
だから煙草はよくないと言うのはおかしくて
もっと依存性が高いものは禁止されています
また依存性が高くなくとも幻覚など困った症状が起きるものも然り
そういった篩の中で許されて来た物ですから
その筆頭である事はダメとする根拠にはならない気がします
もう一度言い換え、ダメとする根拠がある中で残されたものという事です

と言うことでなぜこれだけ問題になるのかと言えば
やはり公共のマナーという側面でしょう
そこは社会の要請で決まっていくのかなと思いますし
それは考えて実現していきたい事であります

ある程度吸っている人が居る、依存はしているが病的でもなく不都合もない
なので、前提として廃絶を掲げる事には (感情論としては理解は出来ますが)
反駁するのです
[ Posted by SadMan at 2006年06月15日 22:41 ]
残念ながら私は酒・コーヒーが好きで、煙草が嫌いという面倒くさい嗜好です。
それに寺山修二が煙草を吸えないくせに、見栄で写真を撮られるときだけは火をつけて手にしたという逸話にも共感できます。
無条件に「嫌い」なわけではないのです。
脱線するかもしれませんが、コメントを読んでいて感じたことを書き込ませていただきます。

私には喫煙者の友人がおりますので、その友人と外食すると局面局面で結局どちらかが我慢することになります。(食事は私優先・飲み会や喫茶は友人優先。)
もちろん友人は遠慮して最低限しか吸わないわけですが……これが上司や同僚だと、相手にあわせることになります。
まさかまったく別の次元で、吸う人間、吸わない人間が暮らしていくことはできませんからね。

そんな中でずっと考えていたのは……
例えば「ぐるなび」で検索するとき、なぜ「禁煙席あり」で検索しなければならないのか、ということです。
ここは「喫煙席あり」というオプションがつくべきなのではないかと。
煙草は文字通り「嗜好」品であって、なぜ嗜好を余計に持っている人間が標準なのだろうかと。
一方的に損をしている気がしているのです。

私は完全禁煙は望んでいません。例えば歩行禁煙は望みますが、路上禁煙は……そこまでの必要性を感じません。携帯灰皿は常備してほしいですが。
飲み会の最中喫煙者に、長時間喫煙なしで過ごせというのも酷でしょう。だから食事中は我慢してもらっていますから、会話を楽しむのにずっと我慢を強いるわけにはいきませんので、飲み会のときは私が我慢しています。

吸わない我慢と、煙を耐える我慢と、どっちもどっちとおっしゃるかもしれません。ですが、だからこそマナーを求めずにいられないのです。
なぜなら「席を外して吸う」ことは選択できても、「席を外して吸わない」ことは選択できないからです。煙や匂いは空間に満ちます。即効性の空気清浄機でも発明されれば別ですが……
これをマナー以外で求めることを、できればしたくない。
(ルール=法制化でやらざるを得ないとすれば、日本人に相手を思いやる気持ちが薄れていることの表れですからね。)

そして……
SadManさんは煙草を愛していると拝察しますので、そういった愛煙家となんとか共存できる方法はないだろうかと。
ついでに煙いのを我慢するのもなんとかならんだろうかと。
一番は喫煙者にGood Loserになっていただくことなんです(^_^;;
そんな都合のよいことをいつも考えております。
Posted by KENSEI at 2006年06月15日 22:51
長文を書いていたら
その間にもいくつかコメントをいただいていましたね
ありがとうございます

KENSEIさんの考えは吸わない方には珍しくわたしに近いですね

わたしにも吸わない友人が居ますが
飲みに行く時は吸わせて貰っています
今は気をつけていますが以前良く指摘されたのが
続けて吸う事と置き煙草です

これは自分でも拙いなと思い改めました
彼と行動する時は2時間程度の移動ならば禁煙席を選びますし
昼飯時ならば喫煙席であっても吸わなかったりします

最近も昼食時も喫煙者同士で行きますが
禁煙店であっても食べたいものがあれば行きますし
禁煙席しか空いてなくてもそこに座ります

完全な分煙が好ましいですが、換気されてるだけでもずいぶん違いますよね
以前は喫煙室が換気しないでいると本当に煙っているし
こんな状態で我慢してろなんても思いません

ちょっとでも漂ったらにおったらダメと言われると、うーん困りますけど
[ Posted by SadMan at 2006年06月15日 23:18 ]
禁煙席の事

かつては成人男性が殆ど吸っていたし
どこでも吸えるのが当たり前だったところに
徐々に禁煙席が出来てきたので
元々喫煙席という言葉は無かったわけですよね

時々書いていますが
元々非喫煙者への気配りをする事がなかった訳で
その存在が気付き始められたので禁煙席が出来たのですよね
そして禁煙席は一等席でした 違う意味で特別席でした

今とは事情が違いますから
分煙の仕方などそのままで良い訳じゃないですけど
そこには思いやりがあったと思います

今は禁煙席の方が多いのが結構普通です
そして 今でも一等席です

それにお店の人も、禁煙席が付加価値になると思うからそれを掲げるわけで

逆の意味で特別席にしないと不満でしょうか?
素直に喜んでおくってのはダメでしょか?
[ Posted by SadMan at 2006年06月15日 23:26 ]
>まず病気という事について、病的な場合もあるかも知れませんが病気と言えるかどうかは意見の分かれるところかと思います

残念ながら、これは意見が分かれません。
病的な場合とかは関係なく、「ニコチン依存症」という病気なのです。
「依存性」と「依存症」は意味が全く違います。
「依存性」のある物質を「依存性がある」と知りつつ取り続ける状態が「依存症」という病気なのです。

ただ、これは私の勉強不足で最初の定義が曖昧だったかもしれません。
調べ直した結果、

「WHOの国際傷害疾病分類第10版(ICD-10)」によれば「たばこを使用する事」自体が病気だそうです。

日本では「一日に四十本なら五年以上、二十本なら十年以上の喫煙歴があり、なおかつ禁煙に何度も失敗している」方が保険も適用される「ニコチン依存症」という病気だという事です。

まあ、いずれにせよ、

>病気であるからだめという理路には合意がないと思います

と書かれていますが、病気であるから「だめ」とは書いてもいませんし、思ってもいません。
私が思っていたのは、

「タバコを吸わない事を我慢しなければならない状態はニコチン依存症という病気であるので、ぜひやめる事をお薦めする」

ということで、ただ、この時点では勉強不足だったのは上記の通りで、現在はWHOの発表に従い、

「タバコを吸うという行為はニコチン依存症という病気であるので、ぜひやめる事をお薦めする」

という事です。
ただ、これはタバコをやめてほしいと「思っている」だけであって、
6月15日00:57のコメントに書いた通り、

>タバコ(ニコチン)依存症の方が病院に行かずに依存症を続けるのも自由です。
>これらのことは公共の福祉に反しない限り自由でしょうね。

という意見です。


>煙草でもお酒でもそして珈琲でも(少ないけど)そういう人は居ます

これはまさにその通り、その方達はぜひ通院して病気を治してほしいと思います。


>一番疑問に思うのは、「我慢できないようならばダメである」というのは、実は二択のどちらを選んでも吸えないというギミックです

それはSadManさんが間違った解釈をしています。
「我慢できないようならダメ」とはどこにも書いていません。
「我慢できないようなら病気」だと書きました。
「病気=ダメ」とも書いてありません。
「病気の人は直すべきだ」と思うだけです。
そして、前述の通り、

>タバコ依存症の方が病院に行かずに依存症を続けるのも自由です。

と書きました。


>まず依存症があるだけでは病気とは言えないと言いました

これは間違っています。「依存症」は「依存症候群」という病気です。もし「依存性」と書きたかったのであればおっしゃる通りです。


>なぜならば、誰もが何かしらの依存症を持っているからです

これも間違っています。誰もが「依存症」を持っているわけではありません。だれもが「なにかに依存している」というのでしたらあたっているかもしれません。ただ、それを裏付ける物は未確認ですが。


>「吸いたくなる」以外に特に困った症状も出ないんですよ

「困った」というのは主観ですのでわかりませんし、「症状が出ない」可能性は否定致しません。ですが「症状」は必ず出ていると思います。これは「WHOの国際傷害疾病分類第10版(ICD-10)」にまとめられています。
WHOのまとめに信憑性があるかどうかは各々が判断するしかありませんね。さらに私も原本を読んだ訳ではありませんので、もし誤認しているようでしたらご指摘ください。


>精神的依存が病的レベルになっている人は煙草どころではなく深刻です

タバコを吸うとニコチンによりニコチン依存症という病気になります。「煙草どころではなく」と比較はできません。どちらも深刻です。


>ある程度の時間ならば我慢も利きますし

ある程度の時間しか我慢ができないという事が問題なのです。
自分の意志でコントロールできないという事ですから。
ニコチンにはそういう作用がある訳です。そして、それはニコチン依存症という病気なのです。


>時折吸ってさえ居ればそれ以上に困った事にはならないわけです

これは「時折吸わないと困ったことになる」と解釈できますがよろしいですか?
まさに依存症の典型的症状ですが・・・。


>酒煙草珈琲では煙草の依存性が顕著だという事ですが、だから煙草はよくないと言うのはおかしくて

「依存性が強いから煙草はよくない」とは一言も書いていません。
「依存性が強い」という事を認識していただきたくてそのことを書いただけです。
何度も書きますが、「依存症を続ける」のも自由だと思っていますし、そう書きました。
ただ、治す事をお薦めはします。


>前提として廃絶を掲げる事には反駁するのです

「私は煙草が全廃になればいい」と思ってはいますが、「煙草を今すぐ無くせ」とは主張していません。

今までの書き込みでわかっていただけると思っていたのですが、「煙草を吸わない状態に我慢が必要である事は病気である」と認識していただきたいだけです。個人的には治療してほしいと思いますが、その後病気をどうするかは個人の自由だと思っています。

「煙草を吸わない状態に我慢が必要である事は病気である」根拠はこのコメントも含めて述べた通りです。

本当に長文失礼致しました。
Posted by Miyamon at 2006年06月16日 10:31
言い方を変えましょうか?
あなたがそう定義しているだけだと言ってるのですね
依存性と依存症はちゃんと使い分けています

どういった生体活動や精神活動を病気と呼ぶかって事です
症状があると言う事は何かしらの生体活動があるわけですから

最初の記事の結びは前提としての廃絶ですから それ以前の説明は理由です

「病気であるから」病気を助長する環境整備は反対と書いてます

薬物のコメントでも書きましたが 結論の「病気だから」が先にあり
では病気とはという定義があるから言葉の定義論になります

ここはちょっとプロパガンダを感じるんですねぇ
病気と呼ぶがそれとどう向き合うかは個人の自由と譲る事によって
「喫煙は病気」と病気と言う言葉だけを一人歩きさせようと言う意図が感じられます

わたしは同じメカニズムから発生する症状でも
活動が出来ない具合が悪いなどの不都合がなければ
病気とまでは言えないと言ったのですね

そうでなければ
例えば、毎日晩酌をする人は「病気」です
寝覚めに珈琲を欠かさない人は「病気」です
それをしないと寝付けなかったり目覚めなかったりと
「離脱症状があるのを分かっていて摂る」から
依存の定義としては何かしらの離脱症状があり
それを解消するために欲すという事ですから

それで、薬物のところでは言葉の厳密性を否定し感情や慣習による揺らぎを利用し
こちらのレスでは言葉の幅を否定し厳密な定義をしようとしている
ダブルスタンダードではありませんか?

>ある程度の時間しか我慢ができないという事が問題

また我慢できないという言葉の使い方も気になります
吸いたい吸いたい、あー我慢できないと思いながら「我慢しています」
飛行機などで長時間我慢しても
幻覚を見たり暴れたりしませんし手が震えたり歩けなかったり
(こういうのが困った症状)
モルヒネ等の離脱症状で暴れているような 「我慢の出来なさ」とは違います
(メカニズムは同じです アルコールもカフェインも)

欲する気持ちが起きること=我慢
と我慢できないほどの禁断症状
この二つがこれも都合よく使い分けられている

吸わないより吸えた方がいいので吸える場所を認めよと言ってるわけですが
迷惑の問題もあるから制限はされるべき
なぜその制限を欲求を超えてまで追いやろうとするのか
ほどほどに欲求が満たせるレベルに整備すればよいであろう という事です

あなたが反対なのは分かりましたが 言葉に直接の主述が無くても
病気だからダメ、我慢できないなら吸うな と言っているのは変わりありません

押し付けをしていないと言う主張は承ったよ
これはありがたい事だと思います

我慢できない依存しているのが分かっていてってところもおかしいなぁ
好きなもの楽しいものそれによる興奮を求めるのが依存の本質です

だから何の我慢もする必要がないものはそもそも興味を持ちません
我慢できないようなものは病気であり趣味嗜好ではないという論調
これ自体が矛盾を孕んでいます

この理屈を通すと、美食や娯楽まで否定されてしまいます

言葉の定義はともかく
喫煙は症状が生活に支障を来たすほど深刻でなければ趣味嗜好の範疇であり
またどんな物でも摂りすぎれば深刻な症状は出ます
我慢できない状況が起きるのは喫煙場所が制限されすぎているからであって
現に社会の要求に応えて吸うべきではない所という共通認識は作られ
喫煙者は基本的にそれを守って暮らしている
マナーの問題は「煙草に限らず」重要であり徹底されていくべきだが
それ以上に追放する必要はどこにもない と主張する

意見や解釈の違い (主観の齟齬) 自体はどうしても埋まらないので
言葉の定義や解釈をあまり掘り下げるのは微妙ですね

意見交換は歓迎ですが
境界線はいつだって曖昧です
[ Posted by SadMan at 2006年06月16日 11:52 ]
KENSEI様

私も、以前(ほんの3ヶ月ほど前)までは
友人に合わせて、煙を我慢していたのですが、
今では煙草アレルギーが発症し
煙を浴びると、じんましんや発熱
喉、気道の痛み、痒みを生じるようになりました。

アレルギーは突然症状が出るようになります。
ご注意ください。
Posted by 九龍 at 2006年06月16日 11:58
あー、国際傷害疾病分類?わたしも探して見てみました
そうですね、此れによると疾病に分類されてます

「反復使用後に現れ、典型的にはたばこ摂取を強く渇望し、使用の制御が困難になり、有害な影響があるにも関わらず持続して使用し、たばこ使用に関して他の活動や義務よりも一層高位の優先権を与え、耐性が亢進し、時に身体的状態を示す。」

「WHOで疾病に分類された」、この事実に対してはあまり反論しようがないな

強いて言えば
使用が他の活動や義務より高位優先、耐性の亢進、身体的状態を示す

って辺りが、これわたしの言ってる程度が進んだ病的状態であるのじゃない?

もちろん健康第一のWHOですから

最低位の危険の可能性有無から
最高位のこれ超えたらもう死ぬ的レベルで言えば

日常的な慣習や文化的背景を超えて
MAX健康側に振り切った見解ではないのぅ?と穿って見てしまう

で、「国際傷害疾病分類」で探しても
「たばこ」の話しか見つからないんですが;;;

分類ですから、他にどんなものがどう分類されているのか
それと比べてみなければ、その辺判断できません
ポインタをよろしくお願いしたい
[ Posted by SadMan at 2006年06月16日 19:58 ]
ICD10 国際疾病分類第10版(2003年改訂)
http://www.dis.h.u-tokyo.ac.jp/byomei/ICD10/

煙草に関しては
F00-F99 精神および行動の障害
内に記述
Posted by 九龍 at 2006年06月16日 20:12
SabManさんて探し物するときに
いったい何を使っているんですか?

普通に「国際傷害疾病分類」
をgoogle検索しただけで、10件目に表示されましたけど?
Posted by 九龍 at 2006年06月16日 20:16
う・・googleです(^-^;^)
でもちょっと他の作業もしていたので
ザザッっと見て、みんな煙草とか健康ばかり並んでたので
最初のスライドとか上の方数件は開いてみたけど
その後もたばこたばこと並んでいたので
これは示してもらった方が早いと思ったのです

リンクありがとうございます (これはガチ)

その時の状況にもよりますが
やはり興味の薄いもののサルベージには余り力を入れにくい
出来れば、主張した側が「公平な」資料を併せて示してもらうのがよろしいかも
不公平でもべつに構いませんが
ICD10の最初の結果などだと、煙草の依存だけ抜き出してスライド化しているので
結局他の事も探さなければならず手間です

そんでジャービステストとFTNDテストやって見ました
ジャービス:5/12、FTND:3/10 でした

あと九龍さんのリンク、項目選ぶとそのコードが出るけど
中身はどっかまとまってないのかな?
え?自分で探せ、そうですかすいません
「気が向いたら」探して見ます

そんで思ったのは、アルコールやカフェインも
麻薬系の一覧にかなりしっかり多くの項目が含まれており
薬物の記事でのわたしの主張を裏付けるような面もありましたな、と言う感想

Miyamonさんが煙草に関してしか示さなかったのは
「不徳な区別」に抵触するかも知れんのぅww
[ Posted by SadMan at 2006年06月16日 20:31 ]
ICD−10とは
http://homepage2.nifty.com/omima/00021ICD10.htm

ICD−10準拠 疾病、傷害および死因統計分類提要(ICD-10 2003年版準拠)

第1巻 総論
  B5判・370頁・定価 6300円

刊行物で6300円するものですから、
フリーでは流れていないのではないかと思いますけど。
Posted by 九龍 at 2006年06月16日 20:43
なるほど、判例集のようなものだね

だから嫌煙家による都合のよい情報しか転がっていないのか・・・

でも九龍さんのリストだけでもずいぶん参考にはなりました

まぁ、そんな状態ですので
喫煙は病気だ、やーい、って言われてもw

わたしが言うようにアルコールやカフェインにも
同じような項目があるじゃない

って程度しか評価できません
[ Posted by SadMan at 2006年06月17日 00:13 ]
お久しぶりです。
最近忙しくて・・・、なんてのはどうでもいいですね。


>あなたがそう定義しているだけだと言ってるのですね

私が定義したのではない事はすでに明らかですよね。


>依存性と依存症はちゃんと使い分けています

そうですか?では、

>まず依存症があるだけでは病気とは言えないと言いました

とはどういう意味で使われてるのでしょう?
依存症は「依存症候群」という病名ですよ。その病気があるだけでは病気とは言えない・・・とは??
それとも、言葉使いの間違いでしょうか??


>活動が出来ない具合が悪いなどの不都合がなければ病気とまでは言えない

では、睡眠時無呼吸症候群や、高脂血症、寄生虫感染の人は病気とはいえませんか?

>例えば、毎日晩酌をする人は「病気」です
>寝覚めに珈琲を欠かさない人は「病気」です

それが自分の意志によってやめられなければ病気ですね。


>薬物のところでは言葉の厳密性を否定し感情や慣習による揺らぎを利用しこちらのレスでは言葉の幅を否定し厳密な定義をしようとしている

「病気」という言葉は社会的な使われ方と科学的な定義が非常に近いですし、「薬物」という言葉は社会的な使われ方と科学的な定義がかけ離れてます。それ故に当たり前の事ではないでしょうか?


>欲する気持ちが起きること=我慢
と我慢できないほどの禁断症状
この二つがこれも都合よく使い分けられている

そうですか?この記事に対してはSadManさんの使用した「我慢」ということばをそのまま引用したのですが。
そして、その意味は「我慢できないほどの禁断症状」に近いものだと思ってました。


>我慢できない状況が起きるのは喫煙場所が制限されすぎているからであって

ニコチンの作用によってではありませんか?


>喫煙は病気だ、やーい、って言われてもw

病気と認識していただくだけで、目的の半分以上は達成されました。


>わたしが言うようにアルコールやカフェインにも同じような項目があるじゃない

そうですね。
アルコール、カフェインも依存症候群になりやすい物質です。
摂取には気をつけましょう。
Posted by Miyamon at 2006年06月19日 08:17
>「病気」という言葉は社会的な使われ方と科学的な定義が非常に近いですし
>「薬物」という言葉は社会的な使われ方と科学的な定義がかけ離れてます。

まさに都合の良い区別そのものです

例えば肥満は病気ですが
http://www.dis.h.u-tokyo.ac.jp/scripts/search/ICD10_searchw.asp?searchstring=E66

肥満の人を見たからと言って誰も病気と言う感覚で蔑視したりしません
しかし、おそろしく太った人を見れば、病気だなと感じる事もあるでしょう
とくに病気と言う言葉が薬物と言う表現に比べて科学的定義と近いとは思いません

趣味が高じて偏執的になると傍目には病気だと映る事もあります
もちろんICD10の煙草の項目にあったように
「他の活動や義務よりも高位の優先」があれば病気として考えられます

このように、都合によって幅を許したり許さなかったりしているのは明らかです
まさにダブルスタンダードの正当化と言えるでしょう


そしてよく社会的社会的と仰いますが
もちろん社会背景によって物の見方は変化すると思います
しかし、病的な行為は権威機関が病気だと認定してもしなくても
一般の人から見れば病気に映るもので
覚醒剤がまだ禁止されていなかった頃でも
虚ろな目をして精製した薬物を静注していれば
見る人はあーヤク中だなぁと思います これが社会的な感覚です

たばこが今度病気に認定されたから
社会的に病気と言う感覚で捉えられるようになったわけじゃありません

>私が定義したのではない事はすでに明らかですよね。
>依存症は「依存症候群」という病名ですよ。

依存症状を言ってます
ですから病理的に見れば依存症状がある以上「依存症候群」です
しかし何かしらの依存「症状」は誰にでもあるのです
しかしそれをすべて病気とは呼ばない
ICD10の煙草の項目にも、依存程度が記されていました
その定義だけで病気と言う「単語」だけを論うのであるから
病気とは言えないと言うのです

つまり、肥満の例やアルコールカフェインの例です

>では、睡眠時無呼吸症候群や、高脂血症、寄生虫感染の人は病気とはいえませんか?

ナンセンスなんだが答えなきゃだめかのぅ・・・・

>それが自分の意志によってやめられなければ病気ですね。
>そして、その意味は「我慢できないほどの禁断症状」に近いものだと思ってました。
>ニコチンの作用によってではありませんか?

ニコチンの作用によって吸いたくなるのは当たり前です そういう物ですから
そして制限される必要はないのです
現在ある程度制限はされています そしてそれは概ね守られています
その間に吸いたくなる事もあるけど吸うべきでないところでは我慢も出来るのです

やめられないなら病気というのは何で判断するのです?
では珈琲が好きな人は?それを病気ではないと証明するには
珈琲を止めなければなりません でも好きなのですから飲みたくなります
それでも禁止され続ければ飲みたいと言う欲求は当然高まります
でも飲んでしまったら?自分の意思で止められなかったのですから病気です
病気ですから、なくさねばなりません

このパラドクスがあるので
自分の意志によってやめられなければ病気 と言う判断には賛同できません
それが「他の活動や義務よりも高位の優先」等の影響があれば困ります
映画館、美術館、交通機関などでも「我慢できずに吸う」
これは社会的義務に反しています

モラルやマナーとしてあるべき義務を遵守する事と
義務の範囲を拡大して義務違反を増やす事は
まったく逆の見地です
○○であるからやめましょうとやめさせたいから○○とする ですから
社会的に迷惑に感じる人を配慮して禁煙エリアを守るのは基本的に賛成ですが
それに乗じて、喫煙できるエリアさえもなくすという事に反対する所以です

>病気と認識していただくだけで、目的の半分以上は達成されました。
あ、そう http://sophism.seesaa.net/article/18379493.html

依存性がある事や体に必ずしもよくない事
それは以前からずっと認識されてきた事です
それが認定されましたといわれてもよくみりゃいつも議論に上る
アルコールやカフェインも同じような扱いですから
別に何か認識を新たにするような事はなにもないんですけど

>アルコール、カフェインも依存症候群になりやすい物質です。
>摂取には気をつけましょう。

なぜ、無くしましょうとならないのです?
依存症になりやすいけど依存していないと言いたいのですか?
定期的に飲みたくなったり習慣的に摂取しているのですから
依存の症状はあります それが問題にならない程度であるというだけです

気をつけましょうというなら
「健康のため吸いすぎに注意しましょう」と同じですね

あなたの主張は
まず病気である→病気を助長する「ので」反対 ですから三段論法です
その論拠として病気と言う定義を持ち出す以上
それを病気と見るかどうかは定義によるものではなく主観の相違でしかありません

そうでなければその論法で言えば、アルコールもカフェインも同じです
だから酒処、喫茶店をなくすべきとはなりません

依存と言うものがそもそも欲求と満足から来るのですから
依存がだめであるという根拠自体がおかしいんですよね

依存によって「深刻なカタストロフが起きるので」ダメな物は多いですが
依存そのものがだめなわけではありません

依存症の考察記事は近いうちに書きます
[ Posted by SadMan at 2006年06月19日 15:49 ]
>病気と言う言葉が薬物と言う表現に比べて科学的定義と近いとは思いません

そうですか?明らかに「薬物」という言葉の科学的定義(その化学的属性によって生物の構造あるいは機能に影響を及ぼす食物以外のすべての物質)と、「大麻などの麻薬類」をさして「薬物」という社会的な「使われ方の差」の方が、「病気」という言葉の「使われ方の差」より大きいと思われますが・・・?

「肥満」が病気であるかどうか、ということはここでは関係ありません。「薬物」「病気」という言葉の定義とその言葉の一般認識がどうなのか、という話でしたからね。

「病気」と聞けばほとんどの方が「体にとって良くない状態。治すべきもの。」と認識してると思われます。
「薬物」と聞いて誰もが、「その化学的属性によって生物の構造あるいは機能に影響を及ぼす食物以外のすべての物質」とは認識してないですよね。

これに差を感じませんか?


>肥満の人を見たからと言って誰も病気と言う感覚で蔑視したりしません

論点とは関係ありませんが、この言葉は気になりました。
言葉の使い方の問題かもしれませんが、肥満とは関係なく「病気だったら人を蔑視する」という風に感じられます。


>たばこが今度病気に認定されたから社会的に病気と言う感覚で捉えられるようになったわけじゃありません

そうですね。日が浅いからでしょうね。
ちなみに、「肥満が病気だ」という感覚はずいぶん広がっていると思います。だから、肥満防止のダイエットプログラムなどが人気なんですよね。私も肥満は病気だと思っていますよ。蔑視はしませんが。


>依存症状を言ってます

「依存症」ということばを「依存症状」という意味で使ってる方は初めてだったもので。
それでしたら、つじつまがあいますね。


>ナンセンスなんだが答えなきゃだめかのぅ・・・・

ナンセンスですか?よくSadManさんが用いる論法を用いたつもりですが。
答えていただかなくても結構ですよ。
病気には、本人が自覚をしていなくても、また、具体的な症状が出なくても深刻なものはたくさんある、といいたかっただけですから。


>それを病気ではないと証明するには珈琲を止めなければなりません

証明するためにはそうでしょう。でも証明する必要っていつあるのでしょう?カフェイン依存症の疑いをかけらた時だけですよね。
そして、そのときに医者などに禁止をされて、でも「>飲んでしまったら」それは明らかに依存症ですよね。
どこにパラドクスがあるのですか?


>「他の活動や義務よりも高位の優先」等の影響があれば困ります

影響があれば困るのはもちろんです。しかし、病気は症状がでるまえに治すべきものである事は明白ですよね。


>なぜ、無くしましょうとならないのです?

「煙草をなくしましょう」と主張していないのと同様です。
しかし、「摂取には気をつけましょう」というのは「摂取すること」自体を「気をつけましょう」と書いたのであって、「吸い過ぎに気をつけましょう」というように「量」を問題とすることとは根本的に違います。

これは私の論旨とは異なるので、書くべきか迷ったのですが、参考までに書いておきます。
アルコール、カフェインには健康に良い効果がある事も認められているので「適量」というものが存在しますが、喫煙には「適量」というものが存在しません。(強いて言えば、喫煙0が適量)
この点から見ると、ニコチン、アルコール、カフェインは同列には語れないかもしれませんね。

一例 カフェイン・http://www.okinawa-nurs.ac.jp/kiyo/no2/1-7-1.html
アルコール・http://www.nta.go.jp/category/kenkyu/sake/2576/pdf/01.pdf


>あなたの主張は、まず病気である→病気を助長する「ので」反対 ですから三段論法です

ちがいます。病気であることを認めていただきたいだけです。なぜなら、病気だと気がついていない人があまりに多いから。

そして、今まである分煙場所を否定していません。
これから「分煙室公衆便所のように作る」のは反対しました。
喫煙可の場所が「(完全禁煙までの)移行措置として」分煙になっていくのは賛成ですよ。

そう書きましたよね?
今すぐ無くせとはこれっぽっちも書いてませんよね。
もちろん思ってもいません。病気でいるのも自由ですから。
ただ、病気でいたくないのに病気と自覚されてない方にぜひ早く気づいてほしいですね。
Posted by Miyamon at 2006年06月20日 03:25
>「肥満」が病気であるかどうか、ということはここでは関係ありません。

そもそも喫煙が病気であると言う定義を引用されたのはMiyamonさんで
病気と言う言葉が科学的にも社会的にも極めて等価と言われましたから
同じ引用元を挙げて肥満は病気であるが社会的に必ずしも病気として見られない
その反証として挙げたのです


>「病気」と聞けばほとんどの方が「体にとって良くない状態。治すべきもの。」と認識してると思われます。

普通の人に理解しがたい異常な状態もそう言います

だから科学的意味と社会的な意味が極めて近いというのは間違いで
言葉の区別が「自然な印象」からではなく悪感情からの意図的な区別である事の
裏付けになっています、元の議論に対して関係ない議論ではありません


>肥満とは関係なく「病気だったら人を蔑視する」という風に感じられます。

わたしもそれは嫌いですが
煙草が病気と表現される時、大抵は喫煙行為を「軽蔑」の念を込めて使われます
つまり喫煙は病気であると言われる喫煙者の心情を
Miyamonさんは理解できていると察します


>「依存症」ということばを「依存症状」という意味で使ってる方は初めてだったもので。
>それでしたら、つじつまがあいますね。

辻褄が合わない事を強弁するのはただの雑言です
では、「依存症状があるが依存症ではないもの」を挙げてみてください

症候群の意味、おわかり?

つまりそんな些細な言葉の定義は揚げ足取りだと言うことです
ただしこの言葉をこういう意味で使うと共通認識を持つ事は必要です
そこには一貫性と対称性が不可欠です


>ナンセンスなんだが答えなきゃだめかのぅ・・・・

煙草のように、依存性があって害もあるのがわかっていて嗜好し
それが生活に深刻な影響を与えないので困らないという説明をしたので

無呼吸とか虫腹とか、知らないから困らないだけで
おそらく本人にとっても知ったならば排除したいと考えるであろう例は対等でない

分かっているが、程度および嗜好として甘んじている事と
知れば深刻かも知れないが、知らないがために深刻化していないものを
対等の例として反証に挙げるのは妥当性がない≒ナンセンス

よろしい?


>でも証明する必要っていつあるのでしょう?

あなたの理屈で言えば常にありますし 頻度は関係ありません
いつでも、煙草を吸わせたくない時に証明せよと言うだけで
一切吸わせない事が構造的に「可能」であるから単純なパラドクスである
これをパラドクスでないと言うならちょっと議論は無理だと思いますが?


>病気は症状がでるまえに治すべきものである事は明白ですよね。

ですから病気と認識していません
これは、節度があれば病気とは言えずそれが度を越すと病気である
という類 (類似:アルコール) ですから
症状が出る前に直すべきと言う理屈に当たりません


>「煙草をなくしましょう」と主張していないのと同様です。
>そして、今まである分煙場所を否定していません。
>これから「分煙室公衆便所のように作る」のは反対しました。
>今すぐ無くせとはこれっぽっちも書いてませんよね。

主張していますよね?そんな根底を覆されては困ります
今すぐかどうかの話をわたしはしていません
煙草は存在してよいものだと言うことです
それが社会の「自然な」「自然な」「自然な」要求でなくなるならばそれもありでしょう

そうでないならばマナーの問題として、吸えない場所も当然必要ですし
同様に吸える場所も必要です

路上喫煙や歩行喫煙などが問題視されることが多いですが
つまりはマナーの問題です
喫煙者のわたしでも、歩行喫煙者を迷惑に感じる事が多々あります
ですから歩行を禁煙にする代わりに 屋外でも吸える場所を設ければよいのです

今は許すが新たに作るのが反対と言うのは ただ表面的に理解を示す振りをして
誤魔化しながら抹殺しようとしているだけで (Miyamonさんの言う)病気の人が
(Miyamonさんの言う)病気の状態でいる事が自由という理念に反します
明らかに「煙草をなくしましょう」と主張しています なので反対


>「摂取すること」自体を「気をつけましょう」と書いたのであって
>「量」を問題とすることとは根本的に違います。

では、アルコールもカフェインも、摂取そのものに反対ですか?
あなたがそういう立場なら一貫性はあります
わたしは、アルコールやカフェインの摂取には気をつけましょうとは
「量」を指しているように読めましたが
だから「吸い過ぎに気をつけましょう」を示したのであって
共に摂取そのものに反対であるならばMiyamonさんの主張に
その部分は一貫性がある(恣意的区別がない)事は認めます
が、その意見には反対です 煙草も珈琲もお酒も好きです
[ Posted by SadMan at 2006年06月20日 16:28 ]
>適量の観点から同列には語れない件

例えばカフェインの例で集中力が高まるという事ですか?
これって薬理効果ですよね 同じような効果が煙草にもあります

http://www.motodoc.jp/race/sen7_2.html
ニコチンには精神神経機能の促進と抑制
知的作業能率の上昇と低下という二相性の反応を示す
(ところで、ブログ書くために集めたいろんな情報リンクが吹っ飛んだ 号泣)

アルコールは麻痺によりリラックス効果を生みますし
いつも同列に語られるのには根拠があるのですよ
Miyamonさんの示したリンクでも依存性物資の実験表に
アルコールが並んでいるではないですか
どこが同列じゃないのかのぅ?

>もちろん思ってもいません。病気でいるのも自由ですから。
>ただ、病気でいたくないのに病気と自覚されてない方にぜひ早く気づいてほしいですね

まったく害が無いものだと思って知らずにいる人がそれを知る事には賛成です
そして病気ではありません ですから病気にならないように楽しむのは自由です

今までに科学的にでも感覚的にでも何を持って病気と呼ぶかを議論してきました
あなたは科学的に病気の要素があればそれは病気に他ならないと言っています

わたしは病的要素は他にもいくらでもあるが一般感覚として程度問題があるから
その限度を超えなければ必ずしも病気だとは言えないという立場ですから

>病気でいるのも自由ですから。

対立する「論点の」主張をするのは構わんですが
対立している事を当然の前提に悪し様に使うのはいけません
その辺りがわたしがこのブログで最も反論しているところです

解釈によっては病気と認識される依存症状を
分かっていて煙草を嗜むのは自由

という事であれば、同感です
[ Posted by SadMan at 2006年06月20日 16:29 ]
>肥満は病気であるが社会的に必ずしも病気として見られない

見られてませんか?その認識はかなり広がってると思いますが。


>普通の人に理解しがたい異常な状態もそう言います

病気みたい、まるで病気、とはいいますが、病気だとは言わないと思いますよ。まぁ、主観ですかね。


>知れば深刻かも知れないが、知らないがために深刻化していないものを対等の例として反証に挙げるのは妥当性がない

喫煙も知れば深刻な害があると思うので対等だと思われます。しかし、深刻な害がないと思われてるようでしたら妥当性はないと言われるのもしょうがないかもしれませんね。


>社会の「自然な」「自然な」「自然な」要求でなくなるならばそれもありでしょう

社会の自然な要求は各人の活動によるものだと思います。
そのための第一歩が「喫煙は病気」だと認めてもらうことだと思っています。


>Miyamonさんの示したリンクでも依存性物資の実験表にアルコールが並んでいるではないですかどこが同列じゃないのかのぅ?

依存という観点で同列なのは今までの議論で明白ではないですか。
適量というものがあるかという点において、と言ってるのですが?
しかし、本気でニコチンに適量があると思ってらっしゃるのでしたら、その点でも同列ですね。

ちなみに、カフェイン・アルコールには適量によって精神神経機能意外にも健康が促進されるのは明らかですが、それは示すまでもありませんね。

まぁ、でもそれは先にも述べた通り、今回の論点とは関係のないことで、

結局は、

>ですから病気と認識していません

と言われてしまうように、「喫煙=病気」を客観的に示しきれてない私が、「喫煙=病気」を前提に話を進めてしまったのがいけませんでしたね。それは本当に失礼しました。

もうちょっと、「喫煙=病気」を示せる客観的根拠を探してみようと思います。話はそれからですね。

ちなみに根拠としては弱いと思われますが、

禁煙関連9学会による「禁煙ガイドライン」
http://www.twmu.ac.jp/DNH/byouki/kinenguidlin.pdf

には、「喫煙=喫煙病(依存症+喫煙関連患)」と示されています。

また、これだけの病気との関連が示されています。
「煙草病辞典」
http://homepage3.nifty.com/tobaccobyo/listactive.html
Posted by Miyamon at 2006年06月21日 07:44
まず整理

Miyamonさんの主張
・喫煙は科学的見地から病気と定義された
・一般の病気感は科学的定義に極めて近い
 →ゆえに、喫煙は病気とは主観でなく一般認識
・病気であるから無くされるべき
・病気でいる事は個人の自由
・なぜかアルコール等は病気に含まない

わたしの反論
・科学的見地だけで社会のルールを決める事はできない
・一般の病気感には幅がある
 →ゆえに喫煙は病気とは主観である
・なくされるべきではないが公共の配慮はなされるべき
・自由には賛成だが「無くすべき」と「自由であるが」自己矛盾
・同じ定義によれば同様に病気とされなければならない事がある


そして
「認識は広がっている」という表現自体
それぞれが言葉の使い方に感覚的に幅を持たせている事の証明
そもそも、一般感覚が科学的見地に極めて近いのならば
「主張したり認識を広めるまでもなく」
蔑視感なしでそういう感覚で捕らえられているはずだが
そうなっていないがためにその認識を広めたいのだから
一般認識として病気であるという主張は否定される(@

肥満の例や、他の精神作用物質成分 アルコールやカフェインなど
もMiyamonさんの定義によれば病気であり
一般感覚が科学的見地に「極めて近い」のだから
自然に病気と認識されるべきであるが事実そう認識されていない(A

ゆえに喫煙を病気と呼ぶことは、「悪意ある都合の良い区別」である


>まるで病気、ほとんど病気 は比喩だから病気ではない

病気と言う言葉に対する一般の感覚を問題にしているのだから
比喩かどうかは関係ない
それに必ず比喩で使い比喩なしで使われることがないわけではない
「あそこまで行くともう病気だね」と言っても違和感はない
ゆえに、それは言葉尻を捉えた言葉遊びである(B

「適量」も同様

>依存については同列だが適量については同列ではない

タバコ以外の精神作用物質であっても
明確な非依存/依存の境界はなく「依存度」があるだけである
であるから、深刻度は結局程度問題で語られる
なので、これも煙草だけを区別して評価するに当たらない
そもそも依存の是非を論じる過程で適量や境界という議論が出たわけで
今になって依存と適量の議論を分けて論うのはおかしい
ゆえに、比喩かどうかを問題にするのと同様に揚げ足取り(C


>論点に関係ない

そもそも論じたい論点がありその説明のために派生した事を
本来の論点に帰結させずに関係のない側面にシフトさせたので
(一般の言葉に対する印象から言葉の厳密な定義へとか)
関係ない話になる つまり論点を逸らした挙句の遁走(D


・社会の自然な要求について
自然な認識としてそうなるのは構わないと思いますが

つまり嘘のデータ誇大な煽りなどによる喧伝の結果
を自然な要求とは思いません

正しいデータを示し個人の自由を尊重した情報の流布なら構わん
その結果がそうなるならばそれは自然の範囲だと思う

訪問販売と同じだね


「禁煙」学会による「禁煙」ガイドライン
煙草だけについての他の病気との関連

別の記事でも取り上げたが
これらには都合のよい事「しか」書かれていないのは自明

客観的に判断するには
反目する意見と並べてその溝がどこから生じるのか分析する事
煙草以外のものついての他の病気との関連との比較などが必要

同じ立場からの一方的な意見やデータは客観的とは言えない

総じて、無くすべき根拠に客観性が無い
非喫煙者が過分な利益をせしめようとしていると映る
しかし社会的見地から住み分ける環境を整備する事は大賛成
[ Posted by SadMan at 2006年06月21日 15:13 ]
>ちなみに、カフェイン・アルコールには適量によって精神神経機能意外にも健康が促進されるのは明らかですが、それは示すまでもありませんね。

分かりません、示してください 精神作用以外で
[ Posted by SadMan at 2006年06月21日 15:22 ]
こんばんは はじめまして
なにやら難しい話をしていますね。上から読んできたんですが最初の話なんか忘れそうです。
なんで覚えていることについての感想だけ書かせてください。

喫煙と排泄
同一レベルで考えるには無理があると思います。
煙草は趣味の部類に対して、排泄は生理現象。
タバコを例えて排泄排泄というのはとんでもないことです。
生きていく為に必要不可欠のものと無くてもいいものを一緒にしてはいけないと思います。


依存症と病気
ポインタはこれから見るところなので、自分にあった自覚症状だけ書いておきます。

喫煙時
咳・痰・鼻詰まり、階段の上り下りでの息切れ、肌のくすみ。喫煙後しばらくするとイライラしてくる。3時間程度吸えないと強いストレスを感じる。

断煙時
強い喫煙欲求。めまい。昼間の眠気と夜の不眠。集中力の欠如。頭痛。無気力。
どうやら神経伝達物質(アセチルコリン)の分泌不良らしいです。

私の場合は生活に不都合をきたすレベルの病気だったみたいですね。

だからなに?と言われそうですが、とりあえず報告まで。
Posted by H.O at 2006年06月27日 01:29
丁度色々PC弄ってたのでリアルタイムですw

>だからなに?と言われそうですが

いえいえそんな事ありません
述べられた症状は多かれ少なかれ実際にある事とわたしも思います
どのレベルで生活に支障と見るかは主観だと思いますし
H.Oさんが支障を感じるなら支障だと思います


>生きていく為に必要不可欠のものと無くてもいいものを一緒にしてはいけないと思います。

ここは頂けないなぁwww
上手く逆手に取った気分でしょうけど
端的に言うと必要不要論では語れないから嗜好であり依存なんです

いずれ依存については記事をあげようと考えていますが
今はここ最近の記事がとてつもなくHOTな事になってるので
なかなかタイミング的に次の記事を見合わせている状態です

なかなか話が発展し個々のコメントも長大になり
難しい話も飛び出して読むだけでも一苦労かと思いますが
興味を持って読んで下さるのはありがたい事です
それが賛同でも反駁でも

他の記事のコメントにも書いてますが
疑問に思うところおかしいと思うところは突っ込み
不義不当不徳と感じる行為には噛み付き
その是非は読者の皆さんに諮りたいと思っております

どうぞよろしく
[ Posted by SadMan at 2006年06月27日 01:45 ]
>ここは頂けないなぁwww
なら煙草は排泄と同類にされていいの?
と軽く返してみる。

こじつけだけの反論が多い中、理論的な反論で返される SadManさんを素敵に思います。

煙草は無くなるほうが良いとは思いますが、反面大きな社会的な面での必要性もあると思います。また一部狂信的な嫌煙者の非人道的な発言には反論していきたいと思います。

おかしな事を一杯教えてください。<(__)>
Posted by H.O at 2006年06月27日 02:07
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